低酸素状態が慢性化すると高血圧や心臓病、脳梗塞リスクが増加
体位のグラフを見てみよう。Aさんは仰向けの時はノンレム睡眠でもレム睡眠でもいびきと低呼吸があり、睡眠段階は第2段階までの浅い睡眠になっている。
ノンレム睡眠の途中で仰向けから横向きに寝返りを打つと、睡眠段階は第3段階まで達し深い睡眠が得られている。気道が塞がらずに呼吸が通っているのだ。Aさんの場合は特定の体位のみ呼吸が通る「体位依存性」の睡眠時無呼吸であることがわかる。
Aさんは低呼吸、無呼吸になり一時的に酸素飽和濃度が80%台に下がっている。もっと重症では一時的に50~60%台にまで下がる患者もいる。酸素飽和度の低下は呼吸が苦しくて覚醒するだけではない。
「低酸素状態になると、呼吸を再開させようと脳が覚醒し、さらに交感神経を活性化して血圧や心拍数を上げます。それにより血管や心臓に負荷がかかってしまいます」
慢性化すると高血圧や心臓病、脳梗塞などの発症リスクが増える(※5)。
Aさん自身、睡眠時無呼吸症候群の自覚はなかったという。新型コロナウイルス感染症の後遺症として、日常的に頭痛に悩まされていた。日中に強い眠気やだるさがあることから耳鼻科を紹介され、PSG検査を受けたのだ。
知らず知らずのうちに「悪い睡眠」が身体を蝕んでいるかもしれない
そもそもいい睡眠とは何か――。
片岡は睡眠の周期や深度が適切に繰り返されることだと話す。睡眠中の呼吸が途切れないことが必須だ。
呼吸は鼻と口の2種類。一般的に睡眠中は鼻呼吸がよいとされる。
「鼻呼吸は鼻腔を通ることで空気中の異物が除去されたり、加湿、加温されて肺に供給されるというメリットがあります。反対に口呼吸は、乾燥した空気が直接肺に送り込まれるので、肺に悪影響をきたし、睡眠中に口が開くと顎が下がり、舌が落ち込むこともあり、無呼吸を悪化させます」
ヒトの生命活動には自律神経が深く関与しており、活動時には交感神経、静養時には副交感神経の働きが高まる。鼻呼吸でしかも深くゆっくりとした呼吸を繰り返すと、心身がリラックスし副交感神経を優位にさせるため、睡眠に適している。
前出のAさんがノンレム睡眠中に左に身体の向きを変えていたように、睡眠時無呼吸症候群であっても呼吸が安定する体勢がある。身体の向きを調節する『抱き枕』など自分に合った枕を選ぶことも1つの選択肢になる。
吉岡は「いい睡眠とは覚醒と睡眠の状態をちゃんと維持できるかにもよる」と語る。
脳内には睡眠に関する神経物質と覚醒に関する神経物質が存在し、睡眠の維持とリズムの構築が行われている。覚醒と睡眠のスイッチを担う大事な神経伝達物質オレキシンが欠乏すると、覚醒をきちんと維持できない『ナルコレプシー』を発症する。
ナルコレプシーは作家・伊集院 静の小説『いねむり先生』などでもその名を聞いたことがある人もいるかもしれない。主人公のモデルとなった作家の色川武大はナルコレプシーだった。この疾患は時と場所を問わず、自分では制御できない眠気に襲われ、1日に何度も居眠りを繰り返してしまう。
14~16歳と中高生の時期が発症のピークで、ちょうど受験など学業が忙しく睡眠時間も減りがちな頃と重なる。
「授業中の居眠りを単なる睡眠不足ととらえてしまうと、発見が遅れ、その人の学業や進路に不利益が生じるので気をつけなければなりません」
脳内で分泌される神経伝達物質の一種であるドーパミンは、意欲や集中力、運動能力の向上に関わるものだが、覚醒にも関与している。減少すると寝る前に足がむずむずしてなかなか寝付けない『むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)』という睡眠障害を発症する人もいる。
「睡眠には個人差があり、眠れない理由も人それぞれ。いろんな問題がオーバーラップしているため、睡眠の問題を包括的に診る睡眠医や睡眠科も必要であると思います」
睡眠医療は未だ発展段階だ。そして睡眠時無呼吸症候群のように、知らず知らずのうちに身体のあちこちを蝕み、様々な病気を悪化させる可能性もある。いい睡眠の確保には「睡眠を軽視せず、謙虚になること」と吉岡は言う。
睡眠不足で疲れた状態が続く、起きたときに寝た感じがしないなど、不安がある場合は、専門医に相談してほしい。
※5 無呼吸により酸素飽和度の変動が繰り返されると酸化ストレスを誘発し動脈硬化の一因となる。