都市と観光地に潜む新たな感染症リスク:東京に迫るデング熱
デング熱――かつては、東南アジアや南米など高温多湿の熱帯地域に限られた風土病と考えられていました。それがいまや、日本を含む温帯地域でも脅威となりつつあります。
その背景には、ポストコロナの世界的な人の移動の増加に加え、気候変動による気温の上昇や極端な気象現象の頻発があります。気温が上昇することで、デング熱を媒介する蚊の生息範囲が拡大し、感染リスクがかつてないほど高まっているのです。
今や、日本の都市部や人気の観光地でも、デング熱の発生は現実的なリスクとなっています。東京都心部では、実際に2014年にデング熱の国内感染が集団発生しましたが、コロナ後のインバウンドの爆発的な増加とともに、国内での再発生は時間の問題と考えられます。海外で感染して入国してから診断される輸入症例も年間数百人に増加傾向です。
蚊に刺されてうつるデング熱とは?
デング熱は、デングウイルス(DENV)によって引き起こされる感染症です。このウイルスにはDENV-1からDENV-4までの4つの型(血清型)があり、主に日本では定着していないネッタイシマカ(Aedes aegypti)やヤブ蚊として日本に広く生息するヒトスジシマカ(Aedes albopictus)といった蚊を通じて人から人へと感染が広がります(人から人への直接的な感染はありません)。感染者(無症状者を含む)を吸血した蚊が、別の人を吸血して感染を広げる恐れがあるのです。
一度感染すると、その型に対する免疫は得られますが、他の型には効きません。むしろ他の型で二度目以降の感染を起こした場合、「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる免疫の作用によって、病気が重症化しやすくなることが知られています。ADEは、免疫システムが一度感染した型のウイルスに対して抗体をつくったものの、別の型のウイルスには効果が乏しい抗体が逆に感染を助けてしまう現象です。
蚊に刺されて感染してから発症までの潜伏期間は4〜10日程度です。症状が出ない人もいますが、発症すると、突然の高熱、目の奥の痛み、激しい頭痛、筋肉や関節の痛み、発疹、吐き気、倦怠感などの症状が現れます。逆に、喉が痛い、鼻水や咳があるといった、いわゆる風邪症状の所見はデング熱では少ないとされます。
デング熱は突然の高熱や発疹などが特徴ですが、医学的にはチクングニア熱、ジカウイルス感染症、麻疹、インフルエンザなどとの鑑別が必要です。特にジカ熱は妊婦への影響があり、チクングニア熱は関節痛が強く長引く傾向があります。海外で蚊に刺されて心配、という場合などは渡航先での旅行歴や活動状況、症状の経過を詳しく医師に伝えるとよいでしょう。
デング熱の経過は「発熱期」「重症期」「回復期」の3段階に分かれます。多くの方は1週間ほどで回復しますが、中には「デング出血熱」や「デングショック症候群」といった重篤な状態に進行し、命に関わる場合もあります。
特に発症後4~6日目ごろに訪れる重症期では、血管から体内の組織へ血漿が漏れ出すことがあり、注意が必要です。お腹の痛み、持続する嘔吐、出血傾向などが見られた場合は入院が必要になります。特に小児や高齢者、再感染者では注意が必要です。
デング熱の診断のためには、臨床症状の観察に加えて免疫力の測定などが行われます。ただし、デング熱診断の特殊検査は日本の一般の医療機関では日常的には行っておらず、また疑わなければ検査をすることもないため、新たに日本で発生した場合は対応が遅れがちになると予想されます。
いずれにせよ、現時点ではデング熱に対する特効薬はなく、治療は基本的に対症療法が中心です。解熱剤や十分な水分補給、安静が基本です。アスピリンやNSAIDsなど出血を助長する薬剤は避け、アセトアミノフェンが推奨されます。重症例では、入院による点滴や全身管理が必要になります。