※本稿は、今井むつみ著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』(日経BP)の一部を再編集したものです。
人は自分を過大評価しがち
「自分の労力の過大評価」と「他者の労力の過小評価」バイアス
人には、「自分を過大評価しがち」な傾向があります。それには、自分自身だけでなく、知識や行動も含まれます。
たとえば、一つの学問分野でも、人によって、テーマによってアプローチのしかたはさまざまです。自分の方法論やテーマをピンポイントに深く掘るタイプの研究者も多いため、たとえば「子どもの発達」について研究していたとしても、発達全般というような大きなテーマを扱っている人はほとんどいません。多くの方が、もっとテーマを絞って研究しているはずです。
ですから、「自分の研究範囲については超一流でも、その範囲を少し出たら全然知らない」という人も結構多いのです。人生の時間は有限ですから、ある特定の分野について深く掘るためには不可欠な取捨選択ともいえます。私も例外ではありません。
自分の研究分野については詳しくて、それ以外はほとんど知らない、というのはしかたのないことなのですが、私が問題だと考えているのは、「自分の研究でわかったことを、安易に他のことに当てはめようとする人」です。
たとえばマウスを用いた実験による研究結果を人間の子どもにそのまま当てはめる。これがいかに乱暴なことかは、みなさんもわかると思います。優秀な人というのはこのようなとき、人間の子どもの発達を研究している研究者とチームを組みます。動物の実験を、そのまま人間に当てはめるようなことはしないものです。
自分の研究が、他の分野にも当てはまると考えるのは、つまり自分の労力を過大評価することに他なりません。
他者の労力は過小評価
また、この「自分の労力の過大評価」と対をなすのが「他者の労力の過小評価」のバイアスです。人は、自分のしたことが「大変なこと」「意味のあること」「重要なこと」に感じられる反面、他人のしたことについては軽んじて考えがちです。自分のしたことは、時間や労力を使ったことで実感があり、さらにそれが「意義があることであってほしい」という願望も加わるからです。他方、他人がしたことは、どんなにすごいこと、大変そうなことがあることは「頭では」わかっても、身体では経験していないので過小に評価してしまうのです。